世間において言われる「よきもの」とは?ー「夢の雫、黄金の鳥籠」考察②
現代はもとより、寵姫ヒュッレムは生きていた当時から評判がよくなかったらしい。
主な理由はハレムの住人が政治に口を出すきっかけを作ったから。
ロシアの魔女の言葉を耳に入れ
企みと魔術にだまされて、あの悪女の言いなりとなり
生命の園の収穫を、あの気ままな糸杉のなすがままにした
ああ、無慈悲なる世界の王よ
かつてあなたが若かった時、あなたは何ごとも公平に正しく行っていたのに
その振る舞いと気質で民を幸福にしていたのに
年老いた今、悪しき不正義を行うとは16世紀の女流詩人 ニサーイー
栄光のスルタン、スレイマン一世をたぶらかした(と言われる)ヒュッレムは一般的に「悪しきもの」とされている。
一方で歴史上、ヒュッレムの被害者とされている第一夫人マヒデヴラン。
(マヒデヴランは第一皇子を生むも後に後宮を追放される。)
「夢の雫、黄金の鳥籠」ではスルタンの子を懐妊した妾たちをことごとく海に沈め、ヒュッレムが現れるまでハレムで圧倒的な権力を持っていた人物として描かれている。
そのマヒデヴランは自分自身に対してこう思う。
外の政治には口をはさまず
妾たちとは適当につきあうわたしって結構賢夫人だと思うのよね
「ギュルバハルさまの一日」より
「よきもの」とは?
「邪魔なものは殺す その力があるなら時と場所など選ばない
わたしは今までそうやって生きてきた」(本人談)なマヒデヴランが自称賢夫人とか冗談言うなよ、って話ですが、これが案外核心をついている。
「邪魔なものは殺す その力があるなら時と場所など選ばない」
それをハレムの中だけにとどめておいたマヒデヴランと、外の世界で行ったヒュッレム。
妾も宦官も誰も不審な死を迎えることのない後宮を目指したヒュッレムは、外の世界に権力を求めていくことになる。
世間(外の世界)にとってはいくらハレムで妾や宦官が不審死しようが、政治に口出ししないマヒデヴランが「よきもの」になる。
「よきもの」とは善良なものなのか?
それとも”都合の”よいものなのか?
(続く)