「あなたは罪を治めることもできる」ゴールデンカムイ 偶像について考察②

続いて、罪を犯す人間は”その罪をどう扱えばよいのか”についての話。

「今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません」(創世記第4章)

父花沢中将から「呪われろ」の言葉を受けた尾形は、父なる神の地(第七師団)から離れ地上の放浪者となりました。
弟を殺した兄カインが向かうのは「エデンの東」。

あの有名な映画「エデンの東」は創世記第4章の寓話がモチーフとなっています。

エデンの東 (字幕版)

エデンの東 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

子どもにとって最大の恐怖は、愛されないことでしょう。
拒絶されることこそ、子どもの恐れる地獄です。
しかし、拒絶は世界中の誰もが多かれ少なかれ経験することでもあります。
拒絶は怒りをよび、怒りは拒絶への報復としての犯罪をよび、犯罪は罪悪感を生じさせます。

ジョン・スタインベック 小説「エデンの東

そのまんま尾形な感ある「エデンの東」。
拒絶への報復としての犯罪、そしてそれによって生じる罪悪感。

ここでまさかのティムシェル

エデンの東」でキーとなるのはヘブライ語ティムシェル(timshel)

フィギアスケーター町田樹さんがショートプログラムで『エデンの東』を演じ、一躍有名になった言葉です。

「小説の隠れたテーマである“ティムシェル”を体現するつもりで演じています。
ティムシェル。日本語だと『汝、治むることを能う(あたう)』という難しい言葉になっているんですが、“自分の運命は自分で切り開く”という意味だと解釈しました。」

(町田樹さん談)

調べてみてティムシェルは「汝、意思あらば、可能ならん」と訳するのが一番汎用性が高いのかなと感じています。

あなたを慕い求める罪を

たとえば口語訳旧約聖書(1955年版)において該当箇所は以下のように訳されています。
「もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。
それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません。」

ジョン・スタインベックの小説「エデンの東」では、中国系移民の料理人リーがティムシェルの翻訳を試みる。

彼は以前から聖書に精通し、創世記4章7節に使われている ヘブライ語 "timshel(ティムシェル )" に注目していた。
この単語は、欽定訳聖書(KJV) において「あなたは罪を治めるだろう」の「...だろう」( 予定 )アメリカ標準訳聖書 (ASV) において「あなたは罪を治めなければならない」の「...ならない」( 命令 ) と訳されている。

翻訳があまりに異なることに興味を抱いた彼は、ヘブライ語としての本来の意味を探求し遂に「あなたは罪を治めることもできる」の「...もできる」と訳せることを突き止めたのである。

つまりティムシェルとは、人間の自由意志とその意志通りに実行する力とを併せ持つ言葉なのである。

参照:http://www.keisenjyuku.com/cms/wp-content/uploads/2018/05/763f43968f2ed67eefddbd577a1404e5.pdf


神の理想の限界と、人間の自由意志

カインの末裔である我々は、人として生きていくとやがて父(神)の理想に限界を感じ始めると思う。
「もっと清いものがよかった」とか言われても、成人に無垢で無知なイノセンスを求めるのは一種のグロテスク。

人は罪を犯さないこと(清さ)を目指し生きるのではなく、罪を治めるものとして生きるのである。

それがたぶん、巣立ちの通過儀礼